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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)737号 判決

島根県江津市江津町一〇九九番地一四

原告

七田眞

島根県江津市江津町五二六番地一

原告(反訴被告)

株式会社しちだ教育研究所

右代表者代表取締役

七田厚

右両名訴訟代理人弁護士

松田政行

早稲田祐美子

齋藤浩貴

谷田哲哉

大阪市北区紅梅町五番二号

被告(反訴原告)

日本学校図書株式会社

右代表者代表取締役

池田幸彦

右訴訟代理人弁護士

増田健郎

原田裕

岩﨑利晴

主文

一  被告(反訴原告)は、原告七田眞に対し、金五二万五三八一円及びこれに対する平成九年二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)株式会社しちだ教育研究所に対し、金一億二六三万六五四三円及び内金九九七六万一一四三円に対しては平成九年二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を、内金二八七万五四〇〇円に対しては平成八年一一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告七田眞のその余の請求及び被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴及び反訴を通じ、原告七田眞に生じた費用の四分の一、原告(反訴被告)株式会社しちだ教育研究所に生じた費用及び被告(反訴原告)に生じた費用を被告(反訴原告)の負担とし、原告七田眞に生じたその余の費用を原告七田眞の負担とする。

五  この判決の第一項及び第二項は、仮に執行することができる。

事実

(本訴について)

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告)は、原告七田眞に対し、金一三三万八〇〇〇円及びこれに対する平成九年二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)株式会社しちだ教育研究所に対し、金一億二六三万六五四三円及び内金九九七六万一一四三円に対しては平成九年二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を、内金二八七万五四〇〇円に対しては平成八年一一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は、被告(反訴原告)の負担とする。

4 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

(一) 原告七田眞(以下「原告七田」という。)は、教育学博士であり、〇歳児教育を含む早期幼児教育についての多数の著書及び開発した教材を有し、〇歳教育友の会、七田式幼児教育研究会、パル幼児英語研究会等を主催している。

(二) 原告(反訴被告)株式会社しちだ教育研究所(以下「原告会社」という。)は、原告七田の早期幼児教育に関する著作物の管理、原告七田の早期教育理論を実践するための教材等の開発及び管理、通信教育システムを始めとする早期幼児教育システムの実践等を行っている会社である。

(三) 被告(反訴原告)日本学校図書株式会社(以下「被告」という。)は、教育図書及び教育機器の販売・出版等を目的とする会社であり、現在、教材送付を主体とする早期幼児教育「家庭保育園」を主な業務としている。

2(原告刊行物の複製行為・原告会社関係)

(一) 原告会社は、主として原告七田が主催している幼児教育会員向けに「〇歳教育」及び「幼児と英語」という定期刊行物(以下「原告刊行物」という。)を毎月一回発行し、その著作権を有している。

(二) 被告は、昭和五八年ころから平成八年九月分まで、「〇歳教育」及び「幼児と英語」を原告会社から購入した上、被告が主催する「家庭保育園」の会員に配布していた。

(三) 被告が原告会社から購入していた原告刊行物の数量は、「〇歳教育」が二五〇〇部、「幼児と英語」が五〇部であったが、被告は、遅くとも昭和六三年ころから、右部数を上回る会員数分の原告刊行物を複製の上、「家庭保育園」の会員に配布した。

(四) 昭和六三年から平成八年八月までの間に被告が複製した部数は、少なくとも次のとおりである。

(1) 「〇歳教育」について

昭和六三年 六〇〇〇部(500×12)

平成元年 一万二〇〇〇部(1,000×12)

二年 二万四〇〇〇部(2,000×12)

三年 三万六〇〇〇部(3,000×12)

四年 四万八〇〇〇部(4,000×12)

五年 七万二〇〇〇部(6,000×12)

六年 九万六〇〇〇部(8,000×12)

七年 一二万部(10,000×12)

八年 九万二〇〇〇部(11,500×7)

(合計) 五〇万六〇〇〇部

(2) 「幼児と英語」について

昭和六三年 三万五四〇〇部(2,950×12)

平成元年 四万一四〇〇部(3,450×12)

二年 五万三四〇〇部(4,450×12)

三年 六万五四〇〇部(5,450×12)

四年 七万七四〇〇部(6,450×12)

五年 一〇万一四〇〇部(8,450×12)

六年 一二万五四〇〇部(10,450×12)

七年 一四万九四〇〇部(12,450×12)

八年 九万三四五〇部(13,350×7)

(合計) 七四万二六五〇部

(五) 「〇歳教育」の販売単価は八〇円、製造原価は二〇円〇銭であるから、右複製行為によって原告会社が被った損害は三〇三六万円([80-20.0]×506,000=30,360,000)となる。

また、「幼児と英語」の販売単価は一二〇円、製造原価は一九円七〇銭であるから、右複製行為によって原告会社が被った損害は七四四八万七七九五円([120-19.70]×742,650=74,487,795)となる。

3(原告書籍の複製行為等・原告七田関係)

(一) 原告七田は、昭和五八年、「初めて〇歳教育を学ぶ方々へ」という本(以下「原告書籍」という。)を著作し、鳳鳴堂書店から出版した。

(二) 被告は、平成六年ころから、原告書籍の五一頁から九二頁までを複製し、かつ同書六四頁の写真を自社教材の写真に差し替え、かつ、原告七田の氏名を表示せずに、「家庭保育園」の販売促進用資料として配布している。

(三) 被告による右複製部数は、平成六年ころから平成八年八月まで、合計二万部を下回ることはない。

(四) 右書籍は、本体価格が一一一六円であり、全体で二七七頁である。また、右書籍の使用に対する通常使用料は価格の一〇パーセントが相当である。

したがって、被告の右複製行為によって原告七田が被った損害は、三三万八〇〇〇円を下回ることはない(1,116×0.1×42/227×20,000≒338,000)。

(五) また、被告が右書籍から一部のみを複製し、写真を差し替えたことは、原告七田の著作者人格権のうちの同一性保持権を侵害するとともに、右複製に当たって原告七田の氏名を表示しなかったことは氏名表示権を侵害している。

これにより原告七田の被った精神的損害は、各五〇万円(合計一〇〇万円)を下らない。

(六) したがって、被告の右複製行為によって原告七田が被った損害は、合計一三三万八〇〇〇円を下らない。

4(売買代金請求・原告会社関係)

(一) 原告会社は、被告に対し、平成八年八月ころ、「〇歳教育」(二三二号)及び「幼児と英語」(一六〇号)を、代金支払時期を同年一〇月末日、送料は被告の負担との約定で、各一万四三〇〇部売り渡したが、被告は、右期日が到来するも右売買代金を支払わない。

(二) 右の売買代金額は次のとおりである。

(1) 「〇歳教育」について

単価八〇円×一万四三〇〇部=一一四万四〇〇〇円

(2) 「幼児と英語」について

単価一二〇円×一万四三〇〇部=一七一万六〇〇〇円

(3) 送料について 一万五四〇〇円

(4) 合計 二八七万五四〇〇円

5(まとめ)

よって、原告七田及び原告会社は、被告に対し、次の金員の支払を求める。

(一) 原告七田は、著作権侵害及び著作者人格権侵害に基づいて、一三三万八〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成九年二月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払。

(二) 原告会社は、

(1) 「〇歳教育」の著作権侵害に基づいて、損害金三〇三六万円のうち二六二四万六二二〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成九年二月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払。

(2) 「幼児と英語」の著作権侵害に基づいて、損害金七四四八万七七九五円のうち七三五一万四九二三円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成九年二月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払。

(3) 前記売買契約に基づく売買代金及び送料負担金として、二八七万五四〇〇円及びこれに対する右履行期の日の翌日である平成八年一一月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1(当事者)は認める。

2 請求原因2(原告刊行物の複製行為)は、(一)のうち原告会社が原告刊行物を発行している点は認め、その余は知らず、(二)ないし(四)は認め、(五)は知らず、損害額は争う。

3 請求原因3(原告書籍の複製行為等)のうち、(一)は知らず、(二)は認め、(三)は否認し、(四)は知らず、(五)は争い、損害額は争う。

4 請求原因4(売買代金請求)のうち、(一)は送料の約定を除き認め、(二)は争う。

5 請求原因5(まとめ)は争う。

三  抗弁

1 複製の承諾(請求原因2及び3に対して)

(一) 請求原因2の被告による原告刊行物の複製行為については、平成元年ころ、原告会社代表者が被告事務所を訪れて、複製分について複製料を支払うよう申入れをした。

これに対し、被告代表者は、〈1〉被告は七田式〇歳教育理論をマスコミを通じて広告宣伝しており、原告七田もそれによる利益を享受していること、〈2〉かつて原告七田の考案した教材を原告七田から紹介を受けた業者に製作を依頼したところ、粗悪品を製作され、被告が五〇〇〇万円を越える損害賠償を請求されたこと、原告七田から紹介された取引先に不渡手形をつかまされたこと等を説明し、複製料を請求するのであれば右の損害を賠償してもらいたい旨を述べた。すると原告会社は、以後、複製料を請求しなくなった。

また、原告刊行物を被告が「家庭保育園」の会員に配布していたのは、原告七田の依頼によるものであり、かつ、被告による原告刊行物の購入部数が一定にとどまる中で、「家庭保育園」の販売部数に応じたロイヤリティの支払は増え続けていたのであるから、原告らは、被告による原告刊行物の複製を知っていたのであり、それを黙認していたのである。

したがって、被告は、請求原因2の複製行為について、原告会社の黙示の承諾を得ていたものである。

(二) また、請求原因3の被告による原告書籍の複製行為についても、原告会社は承知していながら異議を唱えなかったものであり、黙示の承諾があった

2 ロイヤリティの支払(請求原因3に対して)

昭和五八年ころからの被告と原告七田の関係は、被告が販売する「家庭保育園」第二システム及び第五システムに原告七田が開発した教材を組み込んで販売するとともに、「家庭保育園」を原告七田が監修し、これに対して被告が宣伝広告用パンフレットに原告七田の氏名や肖像や図書を掲載してその教育理念を宣伝し、販売量に応じたロイヤリティを原告会社に支払うというものであった。

したがって、請求原因3の複製行為に関するロイヤリティは、被告が原告会社に対して支払う右ロイヤリティの中に含まれている。

3 消滅時効(請求原因2及び3に対して)

原告主張に係る損害のうち、本訴提起から三年を遡った平成六年一月二八日以前に発生したものについては、消滅時効が完成しており、被告は右時効を援用する。

4 相殺(請求原因2及び4に対して)

(一) 昭和五八年ころ、原告七田は、「家庭保育園」を被告と共同で開発する過程で、被告代表者に対し、原告七田自らが考案し製作したと称するドッツカード(幼児教育用の算数キット)の効用を説明し、それとその効果的な利用方法を記載したプログラムを村松教育研究所から仕入れて「家庭保育園」に組み込んで販売するよう指示したことから、被告は、そのとおりにした。このように、被告は、原告会社との間で、原告七田の開発に係る他の教材を含めて、ドッツカードについても著作物利用許諾契約を締結した。

そして、昭和六〇年ころ、村松教育研究所の主宰者である村松秀信が死亡したことにより、同研究所がドッツカードの製作をすることができなくなったため、原告会社は、被告に対し、原告七田の著作物としてドッツカードを製作することを許諾し、この著作物利用許諾契約を受けて、被告は訴外有限会社文化トレス(以下「文化トレス」という。)にドッツカードの製作を依頼するようになった。

ところが、平成三年ころ、被告は、アメリカのグレン・ドーマン博士から日本におけるドッツカードの独占製作販売権を許諾されている訴外株式会社サイマル出版会(以下「サイマル出版会」という。)から、被告が製作販売しているドッツカードはドーマン博士が著作権を有するドッツカードの模造品であるので、製作販売を中止するよう警告を受けた。

当時、被告は、既に幼児向け雑誌等において「家庭保育園」に組み込んで販売していたドッツカードの効用を大々的に宣伝していたので、消費者の信頼に応えるため、被告はサイマル出版社の代理店からドッツカードを購入せざるを得なくなった。

(二) 原告会社は、被告との間でドッツカードの著作物利用許諾契約を開始するに当たり、真実の著作者を説明する義務を負っていたにもかかわらず、原告七田がドッツカードは自分が考案したものであるとの虚偽の説明を行ったことにより、原告会社は右義務に反した。

また、被告は右の説明を信じてドッツカードを原告七田の著作物として利用していたところ、サイマル出版会からドッツカードの製作販売を中止するように警告を受けたことにより、原告会社のドッツカードを被告に利用させる義務は履行不能となった。

(三) 右により、被告は、サイマル出版会から割高な価格でドッツカードの仕入をせざるを得なくなり、従前の仕入値との差額に相当する損害を被った。すなわち、従前被告は、ドッツカードを文化トレスから単価一五六〇円で仕入れていたところ、サイマル出版会からの仕入価格は単価一万二〇〇〇円となったので、ドッツカード一点当たり一万四四〇円の損害を受けたところ、被告は平成三年四月から平成九年一月までの間に合計三万三九七個のドッツカードを購入したので、被告が被った損害額は、合計三億一七三四万四六八〇円となる(10,440×30,397=317,344,680)。

(四) したがって、被告は、原告会社に対し、説明義務違反又は債務不履行に基づき三億一七三四万四六八〇円の損害賠償債権を有している。

(五) 被告は、右債権をもって、本訴で原告会社が被告に対して請求している請求原因2及び4の債権と対当額にて相殺する。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1(複製の承諾)は否認する。原告らは、平成七年四月ころになって初めて被告による無断複製行為を知るに至ったものである。

2 抗弁2(ロイヤリティの支払)は否認する。原告七田と被告との関係は、原告七田が著作した「プレイシステム」と「パルイングリッシュ」という教材を被告の「家庭保育園」第二セット及び第五セットに組み込んで販売することの許諾を与えたのみであり、ロイヤリティも右教材の使用許諾に対するものにすぎない。原告七田が被告の「家庭保育園」全体の監修をしたことはなく、被告が「家庭保育園」の宣伝広告をするに当たって、原告の肖像を無断で使用したり、監修の表示を無断で行ったにすぎない。

3 抗弁3(消滅時効)は否認する。原告らが被告の無断複製行為を知ったのは、平成七年四月ころであるから、それから本訴の提起まで時効期間の三年は経過していない。

4 抗弁4(相殺)は争う。

(一) 原告七田が、被告に対し、ドッツカードの取扱いを勧めたことはない。原告七田は、前記「プレイシステム」及び「パルイングリッシュ」以外の「家庭保育園」のプログラムについては何ら関与しておらず、被告から受け取るロイヤリティも右教材のみを対象としている。被告がドッツカードを「家庭保育園」第二システムに組み込んだ経緯、被告がドッツカードを村松教育研究所から購入した経緯は知らない。

(二) 原告七田及び原告会社は、ドッツカードがドーマン博士の開発に係るものであることを「〇歳教育」や著書において再三再四説明していた。したがって、原告七田がドッツカードを自己の考案したものであると説明するはずがない。

(三) 被告は、平成三年四月以降、「家庭保育園」のプログラムにドッツカードを組み入れることを中止することもできたにもかかわらず、自らの判断でサイマル出版社の代理店から購入し続けたのであるから、被告主張の説明義務違反又は債務不履行行為と被告主張の損害との間に因果関係はない。

(反訴関係)

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1 原告会社は、被告に対し、金一億二〇〇〇万円及びこれに対する平成九年八月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、原告会社の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の反訴請求を棄却する。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

本訴請求原因1(当事者)(二)及び(三)に同じ。

2(説明義務違反又は債務不履行による損害賠償請求)

本訴抗弁4(相殺)(一)ないし(四)に同じ。

3(まとめ)

よって、被告は、原告会社に対し、ドッツカードについての著作物利用許諾契約締結時の説明義務違反又は債務不履行に基づく三億一七三四万四六八〇円の損害賠償債権のうち一億二〇〇〇万円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日である平成九年八月一四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1は認める。

2 請求原因2に対する認否は、本訴抗弁4に対する認否に同じ。

3 請求原因3は争う。

(証拠)

本件記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。

理由

第一  本訴について

一1  請求原因1(当事者)は当事者間に争いがない。

2  請求原因2(原告刊行物の複製行為)は、(一)のうち原告会社が原告刊行物を発行していることは当事者間に争いがなく、原告会社が原告刊行物の著作権を有する点は甲29によりこれを認める。また、同(二)及び(三)は当事者間に争いがない。

3  請求原因3(原告書籍の複製行為等)の(二)は当事者間に争いがなく、(一)は、甲10及び弁論の全趣旨によりこれを認める。

4  請求原因4(売買代金請求)のうち(一)は送料を被告負担とする合意を除いて争いがなく、右合意については甲11及び弁論の全趣旨によりこれを認める。

二  次に、抗弁1(複製の承諾)、同2(ロイヤリティの支払)及び同3(消滅時効)について検討する。

1  後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一) 昭和五八年ころ、原告七田は、被告の販売する児童用教材「家庭保育園」の教材内容の作成に協力するようになった(甲28〔原告七田の陳述書〕、乙18〔被告代表者の陳述書〕、原告七田本人、被告代表者本人)

(二) 昭和六〇年ころ、原告七田が協力した内容を含む「家庭保育園」第二システム及び第五システムの販売が開始された。また、そのころ、原告七田が実質的に経営していた児童英語教育研究所と被告の東京本社が、東京都新宿区の第二東興ビルの同じフロアに同居するようになったが、遅くとも昭和六三年秋ころには被告は別のビルに事務所を移った(右同、乙14の2)。

(三) そのころに被告が販売していた「家庭保育園」プログラムは、第一システムから第五システムまでのプログラムに分かれ、そのうち、第二システムは「七田式プレイシステム」と称して、プレイボード、プレイシート、ドッツカード等の教材から構成され、第五システムは「パルイングリッシュ」と称して、種々の幼児用英語教材から構成されていた。

また、この「家庭保育園」のパンフレットでは、全体について「監修七田真先生」と表示され、アフターフォローシステムとして、〈1〉原告七田が作成したとされる指導プログラムの全会員への配布、〈2〉原告七田が主宰する〇歳児教育友の会の会員に送付されている「〇歳教育」の「家庭保育園」全会員への配布、〈3〉原告七田が主宰する児童英語の会員に送付されている「幼児と英語」の「家庭保育園」特別会員への配布、〈4〉原告七田等の講演会への無料参加等のプログラムが紹介され、同時に、原告七田によるカウンセリングや講演会の写真が掲載されていた(乙17)。

「家庭保育園」の教材の内容は、その後に変動があったが、平成七年ころにおいても、第二システムと第五システムに原告七田の開発にかかる教材が組み入れられていること、そのパンフレットに同様のアフターフォローシステムの案内があること、原告七田の写真が掲載されている点は同様であった(甲1)。

(四) 被告は、原告会社に対し、「家庭保育園」第二システム一セット当たり一〇〇〇円、同第五システム一セット当たり二〇〇〇円のロイヤリティを、各販売数に応じて、原告会社に対して支払ってきている(甲28、乙18)。

このロイヤリティの支払額は、昭和六一年六月には合計一〇万四〇〇〇円であったのが、三年後の平成元年六月には三三万七〇〇〇円、六年後の平成四年六月には四一万四〇〇〇円、九年後の平成七年六月には三三万九五〇〇円という具合に、当初と比べると増加してきた(乙2)。

(五) 被告は、原告会社から、毎月、その発行に係る「〇歳教育」を二五〇〇部及び「幼児と英語」を五〇部購入して、「家庭保育園」の会員に配布していたが、昭和六三年ころから、右部数を上回る会員数分については、右両原告刊行物を複製して会員に配布するようになった(前記請求原因2)。被告がこのような無断複製を開始したのは、原告七田から紹介を受けた業者によって被告が多額の損害を被ったとして、その損害の一部を還元してもらうという意図に出るものであり、そのために自ら印刷機を購入して複製した(乙18、被告代表者の供述)。

この複製物においては、元の原告刊行物には掲載されていたプレゼント応募の告知が抹消されていた(平成七年五月一〇日発行の「幼児と英語」につき甲12、13)。

(六) 平成三年一月九日、原告会社は、被告に対し、文書による通知をした。そこでは、概要、従来原告会社は「家庭保育園」について「七田眞監修」と表示することを承諾してきたが、これは原告七田が家庭保育園の教材のうち評価・検討したものについて承諾をしたものにすぎないこと、被告は、教材の中に「七田式」と称するカードを含めた上で、「七田眞監修」と表示しているが、右カードについて「七田式」や「七田眞監修」と表示することは承諾していないこと、右カードは原告会社が著作権を有するカードを無断でコピーしたもので、著作権侵害に当たること、右カードの中には第三者が著作権を有するカードをコピーしたと思われる箇所もあるが、その場合には原告七田が当該第三者から著作権侵害として訴えられるおそれがあることを述べた上、被告に対し、右カードの販売を中止するよう求めている(乙16)。

(七) 平成八年八月、原告らは、被告に対し、文書による通知をした。そこでは、概ね、被告が「〇歳教育」及び「幼児と英語」の無断複製を行っていることが判明したこと、被告が原告の著作物の一部を無断で抜粋した上で「家庭保育園」の資料を請求した者に送付していること、被告が「家庭保育園」の広告宣伝において無断で原告七田の氏名や写真を掲載していること等を指摘して、原告らの被告に対する商品供給停止、パルイングリッシュ等の複製許可の解除、右複製行為等の中止等を求めるものであった(甲3)。また、原告らは、同様の内容を求める仮処分申立を大阪地方裁判所に対して行った。右事件においては、無断使用や無断複製の事実について争われたが(甲8)、被告が原告らの指摘する行為の中止を約する内容の和解が成立した(甲4)。

2  以上を前提に、まず、原告刊行物に関する複製の承諾の点(抗弁1)について判断する。

(一) この点について被告代表者は、平成元年ころに、被告が複製した原告刊行物の一部が上下逆に印刷されたことがあり、配布先から原告会社にクレームがなされたために、被告による複製が原告会社の知るところとなり、原告会社の代表者である七田厚から被告に無断複製のクレームがなされるとともに、複製料の支払に関する要求がなされた、これに対し被告は、被告の複製によって「家庭保育園」の売上げが上がれば原告会社のロイヤリティも増え、原告七田の理論の宣伝にもなるから、原告らにとってもプラスになっていること、かつて原告七田から紹介を受けた業者に教材製作を依頼したところ、粗悪品を作られて損害を被ったことや、原告七田から紹介を受けた者に騙されて被告が損害を受けたこと、パルイングリッシュの教材に多数のミスがあったために多大の損害を受けたことを指摘し、複製料を要求するのであればこれらの損害を賠償してもらいたい旨述べた、それ以後、七田厚は複製料の請求をしなくなったと供述(乙18による陳述も含む。)し、被告は、このことから、原告会社は、被告の複製行為を承諾したと主張している。

(二) 右のうち、平成元年ころに被告が複製した冊子の一部が上下逆に印刷されたことがきっかけで原告会社が被告による複製を知るに至ったとの点については、事実関係としてそれなりに貝体的であり、自然な面もあるものの、それを裏付ける他の証拠が特にあるわけでもなく、原告会社代表者七田厚もこれに沿う供述をしているわけではない。

また、前記1(五)に認定した事実によれば、被告は、平成七年の時点においても、原告刊行物を複製する際に、原本には存在したプレゼント応募欄を抹消している。これは被告の配布先が原告会社宛にプレゼントの応募をしないようにするための措置であると考えられるが、被告は一定数については原告刊行物の原本を原告会社から購入して自己の会員に配布していたのであるから、およそ被告の会員がプレゼントの応募をしないようにしていたとも考え難い。そうすると、結局、複製に当たっての右の措置は、被告の複製行為が原告会社に発覚するのを防止する意図に出るものであったと考えざるを得ない。

以上よりすれば、原告らが被告による原告刊行物の複製行為を知っていた旨の被告代表者の右供述を採用することには疑問がある。

(三) また、被告は、そもそも「家庭保育園」の会員に原告刊行物を送付するよう依頼したのは原告七田であること、「家庭保育園」のパンフレットには原告刊行物を「家庭保育園」の会員に送付する旨が明記されていること、被告が原告会社に支払うロイヤリティは年々増加していたこと、にもかかわらず原告会社から原告刊行物を購入する部数は一定であったことから、原告会社は被告による複製行為を知っていたはずであると主張する。

確かに、「家庭保育園」のアフターフォローシステムには原告七田が開発した教育プログラムが組み入れられており、また、原告刊行物は元々原告七田が主宰する教室の会員向けに作成・配付されていたものであるから、被告が「家庭保育園」の全会員向けに原告刊行物を配付することについては原告らが知っていたとしても不思議ではない。また、「家庭保育園」第二システム及び第五システムの販売数量に応じたロイヤリティの支払額が当初と比べて増えていったことは、原告らは当然知っていたものと推認される。しかし、これらの点について原告らが知っていたとしても、原告会社が著作権を有する刊行物を、その販売先である被告が大量に複製して配布するなどということは通常考えられないことであり、(二)で述べたように、被告自身が複製行為の発覚を防止する措置をとっていたことを併せ考えれば、原告らが被告の複製行為を知り得たとはいえても、知っていたと認めるのは困難である。

(四) さらに、仮に被告代表者の右供述のような事実経過が存したものとしても、被告代表者が述べた内容のうち、「〇歳教育」等の複製をすることが原告会社にとってもプラスになるとの点は、一方的な見方にすぎず、これによって原告会社が複製料を放棄するに至るとは考えられない。また、原告七田から紹介を受けた業者の行為によって被告が損害を受けたとの点も、それが果たして真に原告らが責任を負うべきものであったか否か定かではなく、これによって直ちに原告会社が複製料を放棄する至ったとも考え難い。

また、原告会社が被告の複製行為についてクレームをつけたのは、前記1(七)の通知以前には右の平成元年ころの出来事以外にはないことは被告も自認するところであり、しかも右出来事は複製した原告刊行物の上下が逆になっていたということから偶発的にその分についての被告の複製行為が発覚したにすぎず、原告会社が複製のクレームを付けた際に、そのとき以外にも被告が従前から継続して無断複製行為を行っており、しかも今後も継続するつもりであることについて、どこまで認識をしていたのかについては疑問がある。

そうすると、仮に被告代表者が供述する事実を認めたとしても、それをもって原告会社が複製を承諾していたとまでは認めることができない。

(五) したがって、原告刊行物の複製に関する抗弁1は理由がない。

3  次に、原告書籍の複製に関する抗弁1(複製の承諾)及び抗弁2(ロイヤリティの支払)について検討する。

この点について被告は、前記1(四)記載のロイヤリティは、「家庭保育園」全体への監修の対価を含むものであって、原告書籍の複製は、監修の許諾の範囲に含まれていると主張する。

しかし、前記1(六)及び(七)で認定した事実からすれば、そもそも原告七田が「家庭保育園」全体の監修を承諾したことを認めるには疑問がある。また、被告が原告会社に支払うロイヤリティは、前記1(四)のとおり、「家庭保育園」のうち第二システム及び第五システムの販売量をベースとして支払われるものであるから、これを「家庭保育園」全体の監修の対価と見ることは困難である。

また、仮に右ロイヤリティが「家庭保育園」全体の監修に対する対価であるとしても、「家庭保育園」の教材に含まれていない原告書籍を複製することまでが、右ロイヤリティ支払による許諾の中に含まれているとは認め難い。

さらに、被告は、原告会社は原告書籍の無断複製の事実を知っていたと主張するが、それを認めるに足りる証拠はない。

以上より、原告書籍の複製に関する抗弁1及び2は理由がない。

4  次に、抗弁3(消滅時効)について見るに、2のとおり、原告会社が、原告らが自認する平成七年四月ころ以前に被告の無断複製行為を知っていたと認めるに足りる証拠はなく、右時期から本訴提起(平成九年一月二九日)までに三年は経過していないから、抗弁3(消滅時効)も理由がない。

三  そこで、抗弁4(相殺)について検討する。

1  後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、ドッツカードをめぐって、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一) ドッツカードとは、アメリカのグレン・ドーマン博士が開発した幼児算数教育用の教材である(乙20)。

(二) ドッツカードを使った幼児算数教育法が日本に紹介されたのは、ドーマン博士の著書「幼児は算数を学びたがっている」(乙20)が昭和五五年にサイマル出版会から翻訳出版されたのが最初である(乙3、原告七田本人供述)。

(三) 原告七田は、ドッツカードによる幼児算数教育の効果に着目し、次のとおり、原告刊行物において紹介していた。

(1) 昭和五六年一〇月一〇日発行の「〇歳教育」では、「神戸市の田中和生先生は、子どもが一歳十カ月の頃から、ドーマン博士のドッツ方式で算数を教え始め、子どもは三歳数カ月の今、まったく右の通りの計算が瞬時にできる才能を身につけてしまっています」との文を始め、田中氏がドーマン博士のドッツカードを使って幼児算数教育を行った体験談を寄せている(甲16)。

(2) 昭和五七年七月一日発行の「〇歳教育」では、「赤ちゃんに算数を教えるには、サイマル出版から出ている『幼児は算数を学びたがっている』に書かれた方法に従っていただくのが一番よいやり方です」として、ドッツカードによる教育法について紹介がなされている(甲40)。

(3) 昭和五九年五月一日発行の「〇歳教育」では、「ドーマン博士のドッツ方式で、幼児に算数を教える指導をしておられる東京村松教育研究所の村松秀信先生と去る四月一日、〇歳教育友の会東京事務所でお会いしました」との文を始め、ドッツカードの効用について記載されている(甲17)。

(4) 同年八月一日発行の「〇歳教育」では、「ドッツの話し」と題して、右村松氏の講演録が掲載されており、村松氏がドーマン博士の研究所で研修を受けたこと、そこでドッツカードを知るに至ったこと、同氏がドーマン博士からドッツカードを購入しようとしたが日本で入手するのが困難だったことから、ドーマン博士の許諾を得て同氏が二〇〇セットを作成したこと、その他ドッツカードの利用方法が述べられている(甲18)。

(5) 同年九月一日発行の「〇歳教育」では、「ドーマン法を学ぼう」と題する文章中に、「ドーマン博士のドッツ法は、今まで知られなかった赤ちゃんの脳力を開花させ、脳の働きを構造化させること全く新たらしい考え方であり、方式なのです」との記載がある(甲41)。

(6) 同年一二月一日発行の「〇歳教育」では、「大人の知らない子どもの力」と題する文章の中に、「アメリカのフィラデルフィア、人間能力開発研究所長のドーマン博士は、…赤ちゃんを知的に育てる方法をいろいろ開発されました。ドッツ方式というのはその中の一つで、赤ちゃんにドッツカードを使って算数を教える方法です」との記載があり、ドッツカードの効果や使用方法について紹介がなされている(甲42)。

(7) 昭和六二年五月一日発行の「〇歳教育」では、「一二〇号発刊を記念して」との文章中に、「ドッツというのは点のことです。アメリカの才能開発研究所所長グレン・ドーマン博士は、赤い丸をカードに貼ったドッツカードを使って、赤ちゃんに算数を教える方法を発明されました。これはまったく革命的な発明です。」との記載がある(甲46)。

(8) 昭和六二年六月一日発行の「〇歳教育」では、「ドーマン博士のこと」と題して、ドッツカードを始めとする、同博士の種々の研究内容について紹介がなされている(甲47)。

(四) 原告会社では、遅くとも昭和五九年五月には、村松教育研究所からその製作に係るドッツカードを仕入れ、一セット九〇〇〇円で販売していた(甲17、19、原告七田本人)。

(五) 被告の販売に係る「家庭保育園」には、昭和六二年の時点で、その第二システムの中にドッツカードが教材として組み入れられており、そのドッツカードは村松教育研究所から購入したものであった(乙14、被告代表者本人)。

(六) ところが、昭和六〇年に村松教育研究所の主宰者である村松秀信が死亡し、同研究所がドッツカードの製造を中止したため、原告会社及び被告は、村松教育研究所からドッツカードを仕入れることができなくなった(原告七田本人、被告代表者本人)。

(七) そこで被告は、文化トレスにドッツカードの製作を依頼し、一セット一五六〇円で仕入れるようになった(被告代表者本人、乙10、18)。

(八) また原告会社では、平成二年六月ころ、独自にドッツ(点)の配列や大きさを変えたドッツカードを製作し、会員向けに販売するようになった。原告会社が自社カードを製作販売するに当たっては、それが法的に許されるのか否かを弁護士に照会した上で行った(原告会社代表者本人)。

(九) 平成三年ころ、ドーマン博士の開発に係る教材等の日本における管理者であるサイマル出版会から、被告に対し、ドッツカードはドーマン博士の著作物であるので、その許諾なく販売すると法的処置をとる旨の警告がなされたことから、被告では、在庫品をすべて処分するとともに、サイマル出版会からドッツカードを一セット一万二〇〇〇円で購入することとなった(乙18、被告代表者本人)。

(一〇) 他方、原告会社に対しては、平成八年一一月二九日差出しの内容証明郵便にて、サイマル出版会から、原告会社がドッツカードを販売し、またドッツカードに関する教材を販売していることについて、その中止等を求める警告がなされたが(乙3)、これに対し原告会社は、ドッツカード等は原告七田が製作編集したものであるのでドーマン博士の著作権を侵害していないとして争った(甲24)。そこで、原告会社とサイマル出版会との間で交渉が持たれた結果、平成九年一〇月二七日、それまで原告会社が販売していた形態のドッツカードについては、原告会社は製作及び販売を行わない旨の合意がなされるとともに、原告会社からは、ドッツカードのデザイン変更をする旨の書面が提出された(甲25)。そして、その後は、原告会社では、デザインを変更したドッツカードを製作・販売している(原告会社代表者本人)。

2  被告は、被告が「家庭保育園」においてドッツカードを組み込んだのは、原告七田の勧めによるものであり、その際に原告七田は、ドッツカードは自分の考案にかかるものであると説明し、そのため被告は原告会社との問でドッツカードを含めた著作物利用許諾契約を締結し、指示通りドッツカードは村松教育研究所から仕入れるよう指示されたと主張し、被告代表者本人はこれに沿う供述をする。

確かに、前記認定事実によれば、昭和五〇年代の後半、我が国においてドッツカードを使った幼児算数教育法の普及に努めていたのは原告七田であることが認められ、ドッツカードを製作して被告に販売していた村松秀信は、原告会社発行の「〇歳教育」に講演録を掲載するなど、原告らと親密な関係があったと認められる一方、被告と村松秀信の間で原告らとは別個の特段の関係があったと窺われる証拠もないから、被告がドッツカードを教材中に組み入れ、村松教育研究所から購入するに当たって、原告七田が紹介、推薦といった一定の役割を果たしたであろうことは、推認することができる。

しかし、前記1(三)のような「〇歳教育」誌上でのドッツカードの紹介内容からすれば、原告七田は、ドッツカードによる教育法を普及するに当たって、ドーマン博士及びその著書にも言及し、右教育法を「ドーマン法」とも呼んでいたことが認められ、そのような原告七田が、ドッツカードを自己が考案したものであると説明するとは考え難い。また、前記1(四)のように、原告会社自身もドッツカードを販売していたが、それは被告と同じく村松教育研究所から仕入れたものであり、しかも、前記1(三)(4)のとおり、村松は、原告らの間では、ドーマン博士の下で研修を受け、その許諾を得て日本でドッツカードを製作していた者として紹介され、受け入れられていた(もっとも、村松が実際に右のような者であったことについては、必ずしも確たる裏付けがなく、むしろ乙22によれば疑わしい。)のであり、原告らが村松教育研究所にドッツカードを製作させていたと見ることはできないから、そのような原告が、村松教育研究所の製作に係るドッツカードを自己の著作物であるとして、その利用許諾契約を被告と締結することは考え難いことである。

確かに、原告七田は、その供述において、ドッツカードを利用した自己の教育法はドーマン博士のものとは異なる旨述べているから、右教育法については自己が考案したものである旨を被告に説明した可能性はあるが、前述したところに照らし、およそドッツカードが原告の考案に係るものであると説明をしたとは認めることはできないし、それを前提としてドッツカードについての著作物利用契約がなされたことを認めることもできない。

したがって、原告会社と被告との間でドッツカードについて著作物利用許諾契約が締結されたと認めることはできず、また原告会社に説明義務違反があるともいえない。

3  また被告は、昭和六〇年に村松秀信が死亡してその製作に係るドッツカードの仕入ができなくなった際、原告会社は、被告に対し、ドッツカードを原告七田の著作物とした上で、それを被告が独自に製作することを許諾したと主張し、被告代表者本人は右に沿う供述をする。

確かに、「家庭保育園」にドッツカードを組み入れることについて原告七田が関与していたと推認されることからすれば、村松の死亡によってドッツカードの仕入れが不可能になった際に、原告らと被告との間で何らかの協議がなされたこと、その結果として、被告が文化トレスに製作を依頼するようになったことは推認することができる。

しかし、〈1〉2で述べたことに加え、〈2〉1(八)で認定したように、後に原告が独自にドッツカードの製作を開始する際には弁護士に法的な問題点について相談をし、オリジナルのドッツカードとは異なるデザインのカードを製作販売したこと(これは1(九)で被告とサイマル出版会との間の紛争が生じる以前のことである)、〈3〉1(一〇)で認定したように、原告会社は、自己の独自のデザインであることをサイマル出版会に述べていること、〈4〉先に二1(六)で認定したように、原告会社は他人の著作権を侵害する教材を「家庭保育園」に組み入れて「七田」の名前を出せば、自己にも法的責任が及び得ることについて十分認識していたことからすれば、原告らは、ドッツカードを独自に製作するに当たってはドーマン博士との関係で権利侵害の問題に注意を払うべきことは十分に認識していたと認められるから、先に述べた協議において、ドッツカードを被告が製作するについて著作物利用許諾契約を締結したとは考え難い。

この点について被告代表者は、昭和六一、六二年ころ、ドーマン博士とドッツカードの関わりを知り、原告会社に対して何度も問い合わせをしたが、原告会社ではドーマン博士から許可を受けているから問題がないとの返事があったと供述するが、特段の裏付けもなく、右に述べたところに照らして採用できない。

したがって、ドッツカードについて被告主張のような著作物利用許諾契約が成立したことを認めることはできない。

4  さらに、1(一〇)で認定した原告会社とサイマル出版会との和解内容からすれば、被告がサイマル出版会の要求に一方的に従う必要が果たしてあったのかどうか疑問が残るところであるから、被告主張の原告七田の行為と損害との間に相当因果関係を認めることも困難である。

5  以上より、抗弁4は理由がない。

四  そこで、原告らが被告に対して支払を求め得る金員の額について検討する。

1  原告刊行物の無断複製による損害賠償について

(一) 昭和六三年から平成八年八月までの間に被告が原告刊行物を複製した部数は、請求原因2(四)のとおり争いがなく、「〇歳教育」が合計五〇万六〇〇〇部、「幼児と英語」が合計七四万二六五〇部である。被告は、原告会社から購入する以外に原告刊行物を入手し得なかったはずであるから、被告による無断複製行為がなければ、右部数だけ、原告会社の被告に対する売上げが増加したであろうと認められる。

(二) 請求原因2(五)のうち、甲5によれば、被告に対する「〇歳教育」の販売単価が八〇円、「幼児と英語」の販売単価が一二〇円と認められる。

また、甲20、21及び弁論の全趣旨によれば、「〇歳教育」の製造原価は、一万二八五〇部当たり、〈1〉写植及びフィルム出力代が七万二〇〇〇円、〈2〉追加費用(写真二枚取り込み)が九〇〇円、〈3〉送料が二五〇円、〈4〉印刷代及び紙代が二一万一〇〇〇円の合計二八万四一五〇円と認められ、一部当たり二二円一一銭であると認められる。

また、甲22、23及び弁論の全趣旨によれば、「幼児と英語」の販売単価は、三二〇〇部当たり、〈1〉フィルムデータ出力代が一万一〇四〇円、〈2〉印刷代及び紙代が五万二〇〇〇円の合計六万三〇四〇円であると認められ、一部当たり一九円七〇銭であると認められる。

したがって、原告刊行物一部当たりの利益額は、「〇歳教育」が五七円八九銭、「幼児と英語」が一〇〇円三〇銭であると認められる。

よって、原告刊行物の無断複製によって原告会社が被告に対して請求しうる損害額は、「〇歳教育」については合計二九二九万二三四〇円(57.89×506,000)、「幼児と英語」については合計七四四八万七七九五円(100.30×742,650)となる。

2  原告書籍の無断複製等による損害賠償について

(一) 被告が原告書籍を複製した部数(請求原因3(三))については、これを的確に認め得る証拠はないが、乙18によれば、被告が複製行為を始めたのは平成七年ころであると認められること、右複製物は「家庭保育園」の販売促進用資料に使用されたことからすると、平成七年から平成八年八月までの「家庭保育園」の会員増加数を下回ることはないと考えられる。

しかるところ、「家庭保育園」の各年における会員数については、請求原因2における原告刊行物の複製部数及び購入部数の合計として争いがなく、それによれば、平成七年は平均して一万二五〇〇人だったのが、平成八年は平均して一万四〇〇〇人となったものとされている。したがって、原告書籍の複製部数は、この差である一五〇〇部を下回ることはないものと推認される。

(二) 次に、請求原因3(四)については、甲9、10及び弁論の全趣旨によれば、原告書籍の本体価格は一一一六円、総頁数は二七七頁で、被告が複製したのはそのうち四二頁分であることが認められ、また、右書籍の使用に対して通常受けるべき金銭の額は、右本体価格に対して一〇パーセントを下回ることはないとするのが相当である。

したがって、被告の原告書籍の複製行為によって原告会社が被った損害は、二万五三八一円を下回ることはない(1,116×0.1×42/277×1,500)ものと認められる。

(三) また、被告が原告書籍の一部のみを複製し、写真の一部を差し替えたことは、原告七田の同一性保持権を侵害したものであり、また、複製に当たって原告七田の氏名を表示しなかったことは、その氏名表示権を侵害しているものと認められる。そして、甲9、10及び弁論の全趣旨によれば、右各権利の侵害によって原告七田が被った精神的損害を賠償するには、合計で五〇万円をもってするのが相当である。

3  売買代金請求について

(一) 前記のとおり、原告会社が被告に対し、原告刊行物を各一万四三〇〇部売り渡したことには争いがなく、また、甲5及び11によれば、送料は被告の負担とされていたことが認められる(請求原因4(一))。

(二) また、前記1(二)認定のとおり、原告会社から被告に対する販売単価は、「〇歳教育」が八〇円、「幼児と英語」が一二〇円であったことが認められ、甲11によれば送料は一万五四〇〇円であったことが認められる。

(三) したがって、原告会社が被告に対して請求し得る売買代金額及び送料は、請求原因4(二)のとおり、二八七万五四〇〇円(120×14,300+80×14,300+15,400)であると認められる。

第二  反訴について

本訴の抗弁4(相殺)に関して述べたところからすれば、被告の反訴請求は理由がない。

第三  結論

以上によれば、原告七田の請求は主文第一項掲記の限度で理由があるが、その余は失当であり、原告会社の請求は理由があり、被告の反訴請求は理由がない。(平成一一年一月二八日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 高松宏之 裁判官瀬戸啓子は、転補のため署名押印できない。 裁判長裁判官 小松一雄)

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